福島正則公千両堤
小布施町
戦国武将・福島正則は、幕府に無断で城の石垣を修理した咎で高井郡に国替・減封させられました。失意の底にありながら、領主となった正則は領内の改革に着手し、特に、暴れ川と恐れられて...
2022.3.7 長野県知事 阿部守一
観光スポットが415件見つかりました
小布施町
戦国武将・福島正則は、幕府に無断で城の石垣を修理した咎で高井郡に国替・減封させられました。失意の底にありながら、領主となった正則は領内の改革に着手し、特に、暴れ川と恐れられて...
小布施町
雁田と桜沢の境界をなす山の屋根一帯が規模の雄大な連城。桜沢郷の領主楼沢氏によって築かれたものです。
小布施町
雁田城は、近くの二十端城や滝の入城と並んで、中野の豪族高梨氏の本城鴨が岳城を守るため作られた山城です。
中野市
市制40周年を記念して高遠城址から寄贈されたタカトオコヒガンザクラ。4月上旬に見ごろを迎えます。高梨氏館跡は、平成19年2月に国指定史跡に指定されました。鎌倉時代から戦国時代...
中野市
中野には、江戸時代に「中野陣屋」が、明治3年から翌年まで「中野県庁」が置かれていました。中野陣屋・中野県庁の歴史に関する資料展示のほか、「カフェ陣屋」があり、文化活動・憩いの...
東御市
石造龕(せきぞうがん)長野県宝・石造文化財昭和50年7月21日指定法隆寺の玉虫厨子を思わせる安山岩の石造建造物、台石に正慶2年(1333年)12月28日とある。
東御市
東御市新張から地蔵峠を越え群馬県旧鹿沢温泉までの山道に、一番から百番まで約110mごとに祀られました。
東御市
明治12年に建てられた和洋折衷様式の校舎内に、郷土、民俗や教育関係資料を展示してあります。
東御市
土間に土俵と2階に棧敷席があるのが特徴で、雷電の衣類、履物、所持品等の一部を展示してあります。
上松町
浦島太郎伝説が残るこの地には、浦島太郎が使ったといわれる釣竿などが展示されています。
長野市
鬼無里は天武天皇の頃遷都の計画があり、訪れた帝の使者のひとりがこの地に留まったという伝説があります。その貴人の墓が月夜の陵だと伝えられています。諸説あり。
長野市
第二次世界大戦末期、軍部が極秘に大本営、政府機関等を松代に移すという計画の下、構築した地下壕です。
東御市
愛称「うんのわ~une noix~」は、フランス語で市の特産「くるみ」を意味しています。海野(うんの)に入る人と人との輪(わ)が生まれるようにとの願いが込められています。202...
松川村
~はるかなる渡来人の信仰を受け継いで~ 国の重要文化財である本像は、7世紀の前半に朝鮮半島において製作された渡来仏とされています。どのようにこの地まで辿りついたのか、制作年代...
富士見町
蔦木宿は江戸時代甲州街道43番目の宿場町。長野と山梨の県境の大自然の中にある道の駅「信州蔦木宿」ではお越し頂く皆さまに「八ヶ岳の恵みを全身で感じて頂く」ことをテーマに様々なお...
長野市
鬼女紅葉の住居があったと伝わる場所。供養塔、東屋、案内板が設置されています。近くにある宮殿警護に関係する「館武士(やかぶし)」という地名は当時の名残かもしれません。
長野市
川柳将軍塚古墳昭和52年に国の史跡指定を受けた4世紀後半の前方後円墳。副葬品は鏡・勾玉をはじめ玉類が多く出土しました。対岸の森将軍塚古墳に次ぐ、善光寺平の古墳時代前期の貴重な...
下條村
伊那地方には数少ない藤原期の仏像の一つ。等身大の像は一木矧き作りの優れた作品。事前に連絡が必要です。
下條村
戦国時代始め下條氏6代康氏が築城。以来7代112年間居城として使用。現在は公園として利用されている。
下條村
明治末から始まり大正4年に完成。各観音様には建立者の名前・屋号が彫られています。
ジャンル・エリアから絞り込んで探す
フリーワードで探す