森と共に生きる術を学ぶ!
迫力満点の林業体験

伊那路エリア

長野県は県土の約8割を森林が占める森林県。総面積は105万9千haと都道府県別では全国3番目の広さです。荒廃した森林の整備と、伐採適期を迎えている県産材の利用を促進するため、県を挙げた取組みが進んでいます。そんな長野県の中でも、薪ストーブ販売会社や県産材を扱う住宅メーカーなど、森林に関わる個性豊かな事業者が多いのが伊那谷です。

伊那谷を中心に活動しているNPO法人森の座は、森林所有者から依頼を受け、木の伐採や下草刈りなどの森林整備を請け負っている団体です。活動開始から15年が経過し、より多くの人に、森林の魅力、作業の楽しさ、面白さを知ってもらおうと、現在「林業体験プログラム」を準備中です。

今回、その一端を体験するため、森林作業の現場にお邪魔させてもらえることになりました。実は、大学は森林関係の学科だった筆者。しかしまともに勉強してこなかったのと、現場での経験は皆無なので、林業に関しては素人中の素人です。現場の作業がどういうものか聞きかじった知識はあるため、興味関心だけは一人前…という状態。そんな初心者が参加していいものか…と若干の不安を抱きながら、現場に向かいました。

experience

木が倒れる瞬間は迫力満点! 森での作業を体感

この日の現場は箕輪町内の平地林。車で向かうと、森の座の方々が笑顔で出迎えてくれました。この日作業を行うのは5名。皆、経験豊富な方々ばかりです。
取材日は2月上旬。火の周りで少し暖を取ってから、チェーンソー、ヘルメット、鋸などを持って作業開始です。現場となる平地林は、もとは薪などをとったであろう里山林。長年、手が入らずにいましたが、地主の方の意向で、整備の後、再び里山林として活用してもらえるよう次の代へ引き継ぐのだそうです。

林の中へ

この日が初回の作業。あまり広いスペースがないので、木の伐倒は位置を選びながら慎重に行います。この日のメンバーのうち、唯一の女性である唐澤千夏さんに付いて、まずは作業を見学させてもらいました。
「この木を伐倒しますね」と唐澤さん。選んだのは立派なヒノキ。いよいよ伐倒開始です。樹高や周囲の状況などを目視で確認しながら、倒す方向を決め、チェーンソーで「受け口」と呼ばれる切り込みを作ります。「この時点ではまだ木は倒れませんから」と唐澤さんが教えてくれました。
チェーンソーの音が辺りに響き渡ります。木に対してまず水平に切り進めを入れ、さらに斜め上から45度ほどの角度をつけて、「くの字」のような切り込みを作りました。簡単そうに見えますが、この受け口の向きで木の倒れる方向が決まる、重要な作業です。

受け口の「会合(かいごう)線」を整え中。ここをきれいに整えなければ倒れる向きが変わってしまうこともあるのだとか

受け口ができました。「ヒノキはすごく硬いんですよ」と唐澤さん

続いて、いよいよ「追い口」と呼ばれる切り込みを作ります。追い口は、最初に作った受け口の反対側から水平に入れる切り込みのこと。受け口と追い口の間に一定の幅=「ツル」ができるまで、水平に切り進めます。この「ツル」が支点となって、木が倒れるという仕組みです。追い口を作る場所は、受け口の下線より少し上。木によっては追い口を作っている最中に倒れることもあるため、安全性の確保は必須。少し遠くに移動し、見守ります。

追い口ができました。まだ倒れないため、追い口にくさびを差し込みます。くさびをハンマーで叩くカーンという高い音が、辺りに響き渡ります。

何度か位置を変え、くさびを差し込むと、少しずつ追い口が開き、木が傾いていきました。 「倒れます!」という声とともに、普段聞きなれない、ミシミシッという音が耳をつきます。まだしっかりと水分を含んだ生の木が立てるダイナミックな音と共に、1本のヒノキの木がゆっくりと倒れました。ドーンという大きな音で空気が振動し、周囲の植物たちも揺らします。「すごいなぁ…」と思わず独り言。切り口から、ヒノキのいい香りがしてきました。

倒れる瞬間!

迫力満点でした…ヒノキの香りが漂います

人と森が共にある山村の暮らしを、もう一度

作業を見学しながら、「やっぱりかっこいいです」と森の座代表の西村智幸さんに話しかけると、「かっこいいと思ってもらえる部分もありますかね(笑)。危ない部分もありますが、森での作業の楽しさをしっかり体験してもらえたらうれしいです」と笑顔で答えてくれました。

森の座代表の西村智幸さん

伐採した樹木のうち、販売できる木材は市場に出荷するそうです。「ヒノキなどは比較的値段が高いと言われていますが、いい状態で売れたとしても、地主の方にさらに請求しないと成り立たないのが、今の林業の実情です。どうしても大規模化していかないと採算が取れない。この平地林は、そうした大規模化からはあぶれてしまった場所です」と西村さん。
かつて里山林として利用されていた平地林の多くは、生活様式の変化によって、多くが人の手が入ることなく放置されてしまっています。「入りやすい平地林は、人と森が接する機会を増やすためにも貴重な存在です。こうして整備して、守っていくことはいいことですよね」(西村さん)。今後予定している「林業体験」も、伊那市内の平地林をフィールドにしようと考えているそうです。

今回作業を行った平地林の内部

敷居が高いと思わずに、身近な森に一歩足を踏み入れて

作業経験豊富な方々が安全性をきちんと考慮しながら付いていてくれるので、当初、私が感じていた不安もすっかり拭われていました。「いろいろな場所で指導してきた経験がありますから、体験しに来てくれた人には100%手取り足取り教えます。伐倒なども積極的に体験して頂きたいですね」と西村さん。
伐倒した後は、丸太にするために枝を落とす「枝払い」を行います。今回は枝払いだけ体験させてもらいました。チェーンソーを持つと振動が手に伝わります。恐る恐る、一枝ずつ切っていきます。こんな調子だといつになるか分かりませんが、いずれ伐倒も経験したい……。

チェーンソーを持つ手も最初は恐々‥

枝払い後

実は、森の座のメンバーのほとんどが、以前は林業とは異なる職種に従事していたそうです。西村さんも、もともとは葬祭業に務めていました。林業に関わることになったきっかけは、伊那市で約25年にわたり、山づくり・森づくりに関わる施業方法などを教えてきた「KOA森林塾」。伊那市に本社を置く電子部品メーカーKOA株式会社が、地域の財産である森林を未来に残していこうと、林業に関わる人材育成を目的に開催してきた実践的な講座です。受講生は延べ1000人近く。森林に関わる多くの人材を輩出してきました。

 

「KOA森林塾に参加して、これからは木こりとして生きていこうと決意しました。メンバーの多くも同じです。それからあっという間に15年が経ちました。林業の実態も知って頂きながら、純粋に森や山の魅力を伝えていきたい。きっと森の中に身を置くだけで、感じられるものがあると思います。ぜひ満喫して欲しいですね」(西村さん)
今後予定している「林業体験」では、木の伐採や製材、薪づくり、炭焼き体験、原木きのこの駒打ち体験など、かつて山村で暮らす多くの人が持っていた森林を活かすさまざまな術を体験し、学んでもらう予定です。森の座にも、会社員や教員、主婦など、さまざまな経歴を持った人が所属しています。敷居が高いと思わずに、森の中へ一歩足を踏み入れてみることで身近にある自然がまた違った風景に変わるかもしれません。

 

撮影・文=長野伊那谷観光局ライター:柳澤

更新日:2021/11/04

【問い合わせ】

予約 特定非営利活動法人森の座
〒396-0014
長野県伊那市狐島3705₋5
TEL TEL:0265-78-1425
MAIL info@morinoza.org

 

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