発酵でガストロノミーツーリズム 発酵でガストロノミーツーリズム
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発酵でガストロノミーツーリズム

ガストロノミーツーリズムとは、土地に根づく食や食材、その背景にある歴史や風土、習慣などを知り、楽しむ旅のこと。欧米を中心に親しまれているもので、日本でも注目を集めつつある新しい旅の形です。長野県でガストロノミーツーリズムを体験するとしたら? まず浮かぶのが発酵食です。長野県は発酵王国。味噌をはじめさまざまな発酵食品がつくられています。とりわけ秋から冬にかけて注目の発酵食品とは? お土産に、食事に、旅の目的に「発酵」を据えた長野県のガストロノミーツーリズムに出かけませんか。

発酵は暮らしの知恵

味噌を筆頭に、野沢菜漬けや日本酒など、伝統的な和の発酵食品をはじめ、ワイン、チーズに生ハムと、舶来の発酵食品まで、長野にはさまざまな発酵食品が食卓の必需品として息づいています。そんな長野は、発酵学の第一人者、小泉武夫先生をして「発酵王国」と言わしめる地域。桃の花が咲く頃に味噌を仕込み、野山に芽吹く山菜をアク抜きして塩漬けに。梅雨の頃は梅仕事。夏野菜は漬物に。たわわに実ったぶどうはワインへと姿を変えます。柿や大根が軒先を彩りはじめると、そろそろ冬の到来です。日本酒の仕込みも盛んになっていきます。
発酵食は自然界に暮らす菌を上手に使ってつくる保存食です。菌の種類は数多く、乳酸菌や納豆菌などがあります。日本酒に使われる麹菌は国菌とされています。菌と聞くとマイナスのイメージも抱く人もいるかもしれませんが、発酵食品を生み出す菌は、人間にとって有益な善玉菌です。長く保存することもひとつの目的ですが、食材のおいしさを引き出す力も持っています。

日本酒の仕込みを待つ米麹。麹室で蒸米に麹菌を振り、米粒のまわりに万遍なく麹菌(カビ)を繁殖させたもの

10月頃に収穫した渋柿は皮をむいて干し柿や柿酢づくりの原料になります

6月は梅仕事に大わらわ。梅干しや梅酒、梅シロップとその種類もさまざまです

粕漬け

日本酒を搾ったあとの酒粕も栄養満点。大根を漬けたり粕汁にしたりと有効に使いきります

冬の発酵食といえば日本酒

とりわけ冬から春にかけて、長野の発酵文化は豊かさを増します。晩秋から初冬にかけてはじまる日本酒の仕込みは、長野の冬の発酵文化の筆頭です。凍てつく冬の早い朝、蔵から立ちのぼる米の蒸しあがる湯気のなんと神々しいことか。日本酒というと新潟県や兵庫県をイメージする方が多いですが、長野県の酒蔵数は新潟県に次いで第2位。その多くが家族経営の小さな酒蔵ですが、それぞれの個性を生かした手造りにこだわる真摯な酒蔵が多いのも特徴です。
日本酒の発酵は「並行複発酵」と呼ばれ、次のふたつの作用を一度にタンクのなかで発生させる手法です。
 ①米(デンプン質)+麹菌⇒糖
 ②糖+酵母⇒アルコール
麹菌も酵母も、菌の一種。菌の働きを利用して、お酒が造られています。同様の製法は紹興酒やマッコリなどアジアのお酒で見られますが、世界的にみると極めてめずらしい発酵の形です。
蔵が用いる日本酒用の酵母はさまざまですが、なかでも、全国の7割近くの酒蔵で使用されるほど優秀な日本酒酵母として愛されているのが、真澄で知られる宮坂醸造で発見された蔵付酵母をもとに日本醸造協会が培養して頒布する「7号酵母」で、華やかな香りが特徴です。ほかにも自身の蔵にいる自然界の酵母を用いて醸造するところもあります。長野県の美しい空気や美しい水。そういう風土のもとで育まれた菌があるからこその日本酒です。自然界の菌の働きを利用して造る繊細なお酒だけあって、日本酒にとって有害なほかの菌が入り込まないよう、細心の注意を払います。そのため、仕込みの時期の見学ができないところもありますが、売店併設が多いので試飲しながら買い物を楽しめます。

冬の早朝の酒蔵。朝の光に輝く湯気が美しい

酒の資料館

黒澤酒造(佐久穂町)には資料館も併設。昔ながらの酒造りの様子がよくわかります

酒米と精米

日本酒の原料に用いるのは食用米ではなく酒造好適米。まわりを磨いて使います

七号酵母発祥蔵

七号酵母発祥の地である諏訪市の宮坂醸造。敷地内や蔵内にはそれを示す碑が据えられています

乳酸菌が旨みをプラスする漬物

長野には多様な漬物があります。もっとも有名なものが野沢菜漬け。霜が降りて野沢菜の甘みが増した頃に収穫し、お菜を洗い、まずはお菜の水分を出すための塩漬けをします。それから一度洗って本漬けとなる塩漬けをおこないます。野沢菜漬けの本場、野沢温泉村では、村のシンボルの「麻釜」と呼ばれる湯釜や、近隣の湯釜で温泉の湯を使ってお菜洗いをする風景が風物詩。雪が降るか、降らないかの11月頃、名残の紅葉を眺めつつ温泉とともに楽しめます。
浅漬けでもおいしい野沢菜漬けですが、1カ月ほどつけると味が馴れ、食べごろに。それから冬の間中、楽しみます。次第にべっこう色になり、春の足音が近づく頃には酸味が増してきます。悪くなっているわけではありません。その酸味は、良質な乳酸発酵が進んでいる証拠です。本場の酸味が恋しくて、わざわざ春が近づいた頃に長野県を訪れるという人もいるほどです。野沢菜漬け体験に参加し、自宅に持って帰って発酵させながら楽しむのもいいですね。菌はいたるところに存在するので、保存環境に応じて異なる味わいに仕上がることも面白みのひとつです。
長野の乳酸発酵といえば、王滝村、木曽町、上松町、木祖村といった木曽路に伝わる、赤カブを使ったすんき漬けがあります。塩が貴重な長野、とりわけ山深い木曽路だからこそ生まれた漬物で、京都のすぐき漬けと並び、乳酸発酵のみのめずらしい漬物です。その味わいといえば、独特の強い酸味が特徴。コハク酸が含まれることから調味料と合わさることでより旨みが強調されるので、細く刻んで醤油炒めにしたり、かけそばにいれたりという伝統料理が息づいています。乳酸発酵といえば、秋に獲れた岩魚を使った熟鮓「万年鮨」も、山国ならではの発酵食です。

野沢菜漬け。熟成が進むとさらにべっこう色になっていきます

野沢菜

野沢菜の収穫は霜が降りてから。それによってお菜がやわらかくなります

万年鮨

岩魚などを塩と米で乳酸発酵させた馴れ鮨の一種で王滝村に伝わる保存食

すんき漬け

赤カブの種類は王滝蕪や芦島蕪など地域で異なり、信州の伝統野菜に認定されているものも多数

広がる長野の発酵食

こうした長年受け継がれてきた伝統の発酵食がある一方で、食文化が多様化するなかで新しい発酵食も育まれつつあります。たとえば高冷地を生かしてチーズや生ハムを製造するところも増えつつあります。生ハムは、11月頃から2月頃までの間に、原木の生ハム作り体験を行えるところも。工房で熟成させ、約1年後には自分だけの生ハムが完成します。長野県では100年ほど前からワインの生産地としての歴史が刻まれてきたました。そうしたことも、新しい発酵食品の造り手が増えることにつながっています。最近では、日本酒やワインのみならず、やはり発酵食品であるりんごを使った醸造酒のシードルや、クラフトビールも急増しています。県内ではこうした発酵食品を飲んだり食べたりできるお店やイベントも年々増えていて、発酵でめぐる旅の選択肢も多様になっています。 日常から生まれた暮らしの知恵・発酵をたどる長野の旅は、季節と暮らし、その豊かさを味わう、まさにガストロノミーツーリズムです。

長野県のワイナリー数は50を超え、各地のワイナリーのワインと合わせて料理を楽しめる店も増えています

ワイナリーのレストラン

ワイナリー併設のレストランでワインと食事を楽しめるところも増えています

ワインの搾汁

収穫したぶどうはすぐに搾汁。最近では収穫ボランティアを募るワイナリーも多数あります

生ハム

生ハムの工房が増えつつある長野県。自分だけの生ハムづくり体験はいかがでしょう

訪れたい老舗の酒蔵、ワイナリー

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