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臨済宗の再興者、道鏡慧端(どうきょう・えたん)またの名を正受老人が終生を過ごした庵。禅道場としても有名です。

道鏡慧端は松代藩主真田信之(幸村の兄)の子で、故あって飯山城で生まれ育ち、若くして仏教に帰依し、江戸や東北各地の寺院で修行を積みます。やがて悟りを開き帰郷した道鏡慧端のために飯山城主松平忠倶がこの庵を建設し、師の至道無難から贈られた「正受」の扁額を飾って正受庵と名付けました。臨済宗中興の祖といわれる名僧、白隠慧鶴(はくいん・えかく)の師としても知られています。

現在の本堂は弘化4年(1847年)の善光寺大地震の後に再建されたもの。昭和35年に長野県の県史跡に選ばれています。

更新日:2023/03/09

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